ベナウル伝説 第13話
『本当の敵』




 七人そろわなきゃいけないはずの「神」は、結局この私とアナフッドとフリックさんの三人だけ。
 これでフールアに勝てるんだろうか?
 そりゃ、アナフッドの剣の腕は確かだし、フリックさんの魔法だって相当なもんだと思う。けど伝説によれば、闇から生まれる光は、七人の神によってもたらされるはず。
「半分もいないわ」
「何が」
 おっと、つい独り言を・・・アナフッドが鋭くそれに反応する。
「えと・・・。神よ。神。七人いるはずじゃない?まだ三人しかいない。」
「おれ一人で充分だ」
 本気みたい。これ以上ぼやいているとまた叱られそうなので、私は黙って歩を進めた。
 それほどきつい登りじゃない。少し風は強いけど、空はよく晴れていて雪化粧した山肌を美しい、と眺める余裕だってある。もしかして楽勝?
「ちょっと待って」
 私はふいに立ち止まって、みんなに声をかけた。
「誰かいる。ほら、あれ人間でしょ?黒いフード着た」
 ところが、誰も立ち止まらない。私を無視して、黙々と歩き続けている。
「ねえ、人影よ!待ってよ・・・ねえ、聞こえないの?アナフッド!フリックさん!」
 なにみんなして無視してんのよ!人がいるってば!
 ・・・おかしい。
 みんなの雰囲気が。
 聞こえてる。私の声はちゃんと聞こえてる。なのに、無視してる。
「どうしたのよ・・・」
 アナフッド、フリックさん、タイキさん、ぼっちゃんさん。それぞれの顔をのぞきこんでみても、誰も目を合わせてくれない。
「何よ。いじめ?」
 冗談にしようとしてみるけど、みんな無表情。
 じわりと怖くなってくる。
「ご苦労だった。よくここまで来たな」
 うわっ!
 しゃべった!黒い人影が。
 私たちに声をかけてきた。そして近づいて来る。
「さあ、ひとまずこれで終わりじゃ。皆、本当によくやってくれた」
 は?
 どこかで、聞いたことのある声。
「ああ!」
 わかった!
 私はダッシュで黒い人影に向かっていった。
「やっぱり・・・あの時のおじいさんじゃない」
 それだけ言って、あとは呆然。
 黒いフードに身を包んだ銀髪の老人は、優しい目で微笑みながら、ただうなずいている。
 旅の始まり、私にこの旅を始めることをすすめ、アナフッドを紹介してくれたおじいさんだ。
 そして。
 風のように、もうひとつの人影が。
 私は驚いて、思わずあとずさった。
「シェーラ!?」
 そう、これまで私たちをつけ狙ってきた、そして「金の城」で死んだはずの、シェーラがそこに立っていた。
「ゆっくりと事情を説明したいところだけど、話は後よ。みんな、急いで!フールアが危ない。みくびっていたわ、やつらの力・・・」
 ぷすぷすと煙をあげて、頭がショートしそう。
 シェーラって、あなた敵でしょ?敵キャラじゃない!なに、そのフレンドリーな態度は?それに、フールアが危ないって。フールアも敵でしょ?ラストのボスじゃなかったの?みんなで力を合わせて倒す相手のはずなのに。
 頭上をクエスチョンマークでいっぱいにして目を回していたら、ふいに両肩を強くつかまれた。
 体の向きを無理矢理変えさせられて、向いた正面にはアナフッドの真剣な眼差しがあった。
「ごめん、リナ。あとでちゃんと説明する。今は、黙ってついてきてくれ」
 鼻と鼻の間の距離3センチ。
「う、うん・・・」
「よし、いいコだ」
 ちょ、ちょっと待っ・・・
 よける間もなく。
 キスされた。
 いや、ほっぺたです。
 私まだ14です。
 アナフッド。あなたもキャラ変わった?
 赤面しているヒマもなく、私たちは駆け出した。私は、アナフッドに手を引かれて。

 そこかしこに、妙な動物の死体が転がっている。
 いや、動物じゃない・・・なんだろう。
 それは登るごとに増えていった。
 四つ足のもの、二足歩行のもの、翼があるもの、角があるもの、ムチのような触手を持つもの、尻尾の長いもの。いろんなバリエーションがある。
「ねえアナフッド。こいつら、なに?」
「おれたちの本当の敵の、子分どもさ。魔界から来た連中だ。この世のもんじゃない」
 閃光に、目がくらんだ。
 山の上の方で、何かが光った。
「やってるな」
 フリックさんがつぶやく。
 いったん全員立ち止まった。老人が言う。
「タイキ、ぼっちゃん、ご苦労だった。ここからは並みの人間が踏み込める場所ではない。山を降りよ。すべてが片付いたら、また会おう」
 タイキさんとぼっちゃんさんは、山を下りていった。
 何が待っているんだろう。
 何が起きているんだろう。
 この山の上で。
 その答えは、すぐにわかった。
「フールア!リーア!無事だったか」
 雪に覆われた岩かげに、二人の若い男女がうずくまっていた。
 真っ先に二人に駆け寄ったのはアナフッド。
 手を引っ張られっぱなしの私も、当然ついていく。
「ごめん、兄さん・・・ちょっとヘマやっちゃったよ」
 アナフッドのことを、兄さんと呼んだ。
 アナフッドは、フールアと呼んだ。
 私と同年代の、金髪の少年。
 服は、血に紅く染まっている。
 この少年が?
 そして。
「しゃべっちゃダメ。ヒーリングの効果が薄れるわ」
 そう声をかけたのは。
「り、リーアさん・・・」
 私はようやく声を発した。
 リーアさんは疲れた微笑を見せた。
「リナ。よくここまで来たわね」
 ますますわけがわからない。
「来たぞ!」
 フリックさんが叫ぶ。
「近づけてはいかん。迎え撃つぞ!」
 黒フードの老人は、どこにそんな力があったのか、ひとつ跳躍したかと思ったらもう2、30メートル先まで跳んでいっていた。
「アナフッド!あなたはここにいて。リナたちを守って」
 シェーラはそう言って剣を抜き、フリックさんと二人並んで駆け出した。
 岩かげから、おそるおそる顔を出してみる。
 何、あれ・・・
 銀色の大鷲。そう見えた。
 けど少しちがう。鷲のような大きな翼と、足の爪をもっているけど胴体、頭、腕は人間とよく似た形。ただ人間よりもはるかに大きい。身長、6、7メートルはあるだろう。
「チッ、フエヤガッタ!」
 鷲人間は、ことばもしゃべった。
 その上、黒フードの老人めがけて、口から火球を吐いた。
 ・・・よけきれない!
 悲鳴を上げるべく息を吸い込んだ瞬間、火球は老人には命中せず、山の斜面の雪の中に突き刺さった。はずれたんじゃない。老人が軽く片手を挙げただけで、火球はその手に弾き返されたんだ。
「ググ!」
 鷲人間は続きざまに、シェーラ、フリックさんに向けても火球を放った。
 シェーラは、ふわりとステップを踏んで紙一重で火球をかわした。口には微笑が浮かんでいる。
 フリックさんは、素早く呪文を唱えた。
「お返しだ」
 白い光球がフリックさんの手のひらから放たれた。光球は一直線に飛んで火球を砕き、そのまま鷲人間に命中した。
「ブオォォォ・・・」
 光球の直撃をくらい、よろめく鷲人間に、老人がおどりかかる。
 魔法でも剣でもなかった。
 拳だ。
 あの老人、まったく見かけとちがう。
 老人の拳はうなりをあげて、鷲人間の心臓へ突き刺さった。
ズドォーン!!
 凄まじい音がした。これが拳の音?
 老人が拳を引き抜くと、大量の鮮血が噴き出して雪の純白を染め上げていった。
 勝負あった。
 仕上げにシェーラの剣が閃く。太刀筋は、私にはまったく見えない。抜いたのか、抜いてないのか?それさえわからないうちに、鷲人間の首は地面に落ちていた。
 魔物たちは、鷲人間だけじゃない。後から後から現れては、フリック、シェーラ、老人の三人に倒されていった。
 あの人たち、人間?
 巨大な魔物たち相手に、軽々と戦っている。
 たぶん今までは、フールアとリーアの二人だけで、魔物たちと戦っていたのだろう。その結果が、途中見てきたあの死体の山。
「うう、ダメだ・・・」
 つぶやいたのは、フールアだった。
「やつらと戦っても無意味だよ。やつらは時間稼ぎをしているだけだ。クロ・・・」
 アナフッドが慌ててフールアの口をふさいだ。
「そのことはまだリナに話していない。余計なことをしゃべるな」
 アナフッドは立ち上がって叫んだ。
「そいつらのやってることはただの時間稼ぎだ!もうすぐ親玉がやってくるらしい。無駄な体力をつかうな!いったん退却しよう」
 魔物と戦いながら下山?
 三人はすぐに返って来た。
「テレポートの魔法を使おう。みんな小さく集まって」
 フリックさんが少し長めの呪文を唱えはじめた。
 青い、竜巻のような風が七人を包む。
 七人?七人って、もしかして。
 一瞬まわりが暗くなった。
 ぐわっと、何かの力に引き込まれていくような感じがした・・・ 

 ・・・遠くで、声がする。
 テレポート・・・衝撃が・・・この子には・・・強すぎ・・・
 聞いたことのある、男の人の声。
 意識が朦朧としている。どうしたんだろう・・・今、私・・・夢?これは・・・
 声がする。
 ・・・疲れて・・・じきに目を・・・しばらくそっと・・・
 男の人の声は、だんだん遠ざかっていった。
 なんかとっても楽チンな気分。
 声が聞こえなくなって、代わりに映像が見えてきた。
 お城。お城だ。懐かしい、私のお城。
 べナウル城。
 今は夜。私、眠ってたんだ。

 ベッドから抜け出して、窓から夜のべナウルの城下町を眺める。たくさんの窓明かり。みんな平和で幸福な日々を過ごしている。
 ずっとこわい夢を見ていたような気がする。心細くなって、そっと部屋を出た。
 お父様の寝室へ。
 まだ起きているかな。
 お父様の寝室のドアを、そっと開けてみる。
 お父様は起きていた。床に大きな紙を広げて、揺れるランプの灯りの下でじっとその紙の上の文字を読んでいる。
 なに?お父様、なにをしているの?
 声をかけようと思いながら、少しだけ開いたドアのすき間からじっとお父様の様子を見つめる。
 広げられた紙には、見たこともない文字がたくさん書かれていた。絵もある。よく見ると、ちょっと怖い絵。首がたくさんあるドラゴン。自分の首を手に持つ騎士。大きな鎌を持った骸骨。
 なにをしているの?お父様、なにをしているの?
 なぜか声をかけられなかった。
 お父様は笑っている。変な文字を指でなぞり、恐ろしい魔物たちの絵をなでながら笑っている。
 こわい。
 こわい。
 お父様?
 お父様だけど、お父様じゃない。
 私はたまらなくなって・・・
 絶叫した。

「お目覚めだ。白雪姫のお目覚めだ」
 整った顔立ちの金髪の少年が、私の顔をのぞきこんで笑っている。
「兄さん、リナが目を覚ましたよ」
 ここは・・・どこ?
 ベッドの上。暖かい毛布。だんだん意識が戻ってくる。
「大丈夫か、リナ」
 金髪の少年の笑顔の横から、心配そうな、懐かしい顔が現れた。
 アナフッド。
「どこか痛むところはないか?いや、起きない方がいい」
 体を起こそうとした私は、アナフッドにさえぎられて、また横になった。肩まで、毛布をかけてくれる。
「ここは?」
「アフアト山のふもとにある丸太小屋。まあ言ってみればおれたちのアジトのひとつだ」
 もう一人、女の子が来て身をかがめた。手には湯気の立ちのぼるスープ皿。
「リナ、気分はどう?スープだけど、食べられそう?」
「リーア・・・さん」
 完全に意識が戻った。
 ガバッと跳ね起きる。
「そ、そうよ、どういうことなの!?どうしてフールアやリーアさんがここに・・・それに」
 部屋を見渡す。大きな丸いテーブルがあって、椅子が七つ。フリックさん、黒フードの老人、そして。
「シェーラ!なんであなたまで!」
 シェーラは腕組みしたまま、フン、と鼻で笑った。
「話す話す」アナフッドになだめられて、私はリーアさんからスープ皿を受け取った。「ちゃんと話すよ。落ち着いてくれリナ。さあ、スープでも食べながら」
 ひと口食べる。
 うん。おいしいじゃない。
 フールアはずっとニコニコしている。服にはまだ少し血がこびりついているけど、傷は回復したらしい。
「いいかリナ。ここにいるおれたち・・・おれ、リナ、フールア、リーア、フリック、シェーラ、バルトラン・・・あのじいさんの名前だ・・・この七人が、べナウル伝説の七人の神なんだ」
「神っていってもねえ」
 フールアが楽しそうに口をはさむ。
「そんなに偉いわけじゃないんだ。ただ『敵』と戦うための特殊な力をそれぞれ持ってて、そこが人並み外れてすごいっていう意味で、古文書には神、なんて書かれてあるんだろうね。僕は風と炎の攻撃魔法。リーアは回復魔法と攻撃支援、防御系魔法。フリックは光系攻撃魔法と、いくつかの便利な魔法。テレポートとかね。シェーラと兄さんは剣による直接攻撃。バルトランのおじいは見かけによらず格闘家でね、筋力のおばけ。もともとみんな・・・」
「フールア!」
 アナフッドに叱られて、フールアはペロッと舌を出した。
 アナフッドが話を続ける。
「おれたちは共通の『敵』と戦っている。魔界と盟約を結び、魔物たちを使って世界を支配しようとしているやつがいるんだ。そいつを倒すためには、リナ、お前の力が必要なんだ」
「な、何言ってるの?アナフッド。私魔法も使えないし、剣術も格闘技もできない」
 黒フードの老人・・・バルトランが口を開いた。
「いや。お嬢さん、お前さんでなけりゃあダメなんじゃよ。クロイス家の人間にのみ伝わる秘めた力がなければ、太刀打ちできない相手なんじゃ」
「おじいさん・・・バルトランさん。元はといえば、バルトランさんが言い出したことじゃないですか。アフアト山に行けって。そこで、『奇跡の花』を手に入れろって。そうすれば、お父様とお母様も見つかるし、荒れ果てたべナウルの町もよみがえるって」
「いかにも。わしは、ウソは言っておらんよ」
「パンパカパーン」
 フールア・・・また楽しげに。
 今度は何かと思ったら、頭上に高々と掲げているのは。
 指輪?
「おい、フールア!」
 アナフッドがまたたしなめる。
「いや、アナフッド。話は早いほうがよい。フールア、説明してやれ」
 バルトランの許可が出て、フールアはご機嫌にしゃべり始めた。
「この指輪こそ、『奇跡の花』でござい。とっても大事な指輪なんだ。ぼくがずっと一人で守ってたんだよ」
 白い花の形をした指輪。特に、ものすごい光を放っているとかいうわけでもない。
 これが『奇跡の花』ですって?
「この指輪をつけた途端、リナは大変身。ぼくらが束になってもかなわない、大魔道士が登場するのさ。ぼくなんかがつけてもムダ。クロイス家の血を引いているものだけがこの指輪の力を引き出すことができるんだ。長年封印されてたんだけど、その封印を解いたのが・・・」
「こら。そこまでにしときなさい。それは最後に言うべきことでしょ」
 言葉を継いだのは、シェーラだった。
「はっきり言って、私たちはあなたをずっとだまして来てた。みんな大根役者ながら、うまく演じてきたものだわ。まあその中でも一番ひどいのは、私だけど。あなたにほんとのことを隠しつづけてきた、理由は二つ。ひとつは、真の『敵』の目をごまかすため。私たち七人が露骨に結集したら、準備が整わないうちに先手を打たれて、全滅しかねない。伝説の七人が私たちだってことは、隠しとおす必要があったの。私なんかは憎まれ役で、殺されるふりなんかして。金の城では、あっさりやられすぎて、ちょっとバレたかと思ったんだけど・・・。もちろん、ウラヌスやアルテミスも生きてるわ。あの人たちも、大事な役者たち。試練の旅を、あなたに経験してもらうためのね。もうひとつの理由は、その試練・・・せっかくクロイス家の血を引くものを見つけても、そいつが根性のねじ曲がったやつだったらひどいことになる。まずあなたの人間性を試す必要があったの。試されるなんて、いい気分じゃないでしょうけどね」
 アナフッドが私の手を、両手で強く握った。
「そのことは、本当に誤る。苦しい思いも、悲しい思いもさせてしまった。いくらでも詫びる、気がすむまでなぐってくれてもいい」
「あ。ほんと?」
 私はグーにした手を振り上げた。
「う・・・」
 一瞬たじろぐアナフッドを見て、くすくすと笑い出す。
「冗談よ。だいたいわかって来たわ。みんなお芝居ごくろうさまでした」
 大きく、深呼吸。
 フリックさんが感心してつぶやいた。
「さすが、クロイス家の王女!」
「スープごちそうさま。リーアさんが作ったの?」
 スープ皿をリーアさんに返す。
「ううん。ほとんど、シェーラさんよ。私はちょっとお手伝いしただけ」
 にっこりと微笑むリーアさん。きれいなひと。
「ねえリナ、私も本当は途中から仲間になるはずだったの。でも、指輪を任せておいたフールアくんが、指輪のこと『敵』に気づかれてしまって、応援に行かなきゃいけなくって。急に、あんなお芝居して」
「それそれ」
 またフールアが割り込んでくる。
「リーアが兄さんのこと好きだった、っていうことにしたんでしょ?で、リナと兄さんがらぶらぶなのにリーアがブチ切れて」
「うるさいなあ・・・あなたがヘマするからでしょ。ぼく一人で充分だよー、なんて最初言ってたくせに」
「あはは。で、どうなのリナとしては?兄さんのことどう思ってんの?いやー弟のぼくが言うのもなんだけど、ちょっとシャイで偏屈で足くさいけどぼくに似て美形だし、なかなかいいとこ・・・」
 脇腹にいいパンチもらって、フールアは沈黙した。
「リナ。おまえは賢い子だ」
 アナフッドは真剣な目で私を見つめた。
 私の手をにぎってくれている両手に、力がこもる。
 あの、照れるんですけど・・・ほっぺが熱い。
「だいたい事情はわかってくれたと思う。そしてもう気がついている通り、肝心なのは、その『敵』が何者かってことだ」
「うん。私が大変身して、ぶちのめす相手ね」
 どうしたんだろう。
 アナフッド、少し呼吸が乱れている。
 ・・・こわいの?
 おびえているように見える。
「その『敵』の名前なんだけど」
「うん」
 ごくりと、つばを飲み込む音が聞こえた。
 どきどきどき・・・
「言わなきゃな。その『敵』の名は・・・クローディア・クロイス」
 息が止まった。
 クローディア、ですって?
「まって、まってよ」
 声が震える。
「まさか・・・クローディアって、私の」
「そうだ。失踪したおまえの父、クローディア国王だ」
 目の前が、真っ暗に、なった。

 やがて私はベッドから起き上がり、みんなと同じテーブルに座った。
 七人の「神」、集合完了。
 だいぶ気持ちも落ち着いた。
 お父様・・・
 アナフッドが聞かせてくれた話をもう一度整理してみる。
 昔から魔法や呪術に興味を持っていた私のお父様、クローディアは、クロイス家に伝わる伝説に興味を持った。クロイス家の先祖は、もともと魔界から来た魔物だったという・・・
 魔界の住人の血を引きながら、人間の女性と結婚し、人間の世界で暮らすことにより逆に魔力を増幅させていったクロイス家の先祖たち。ある時、自分たちの力の強大さが人々を不幸にすることを悟った先祖の一人が、クロイス家に伝わる魔力を二つの指輪に封じ込めた。ひとつは『天佑の翼』、もうひとつが『奇跡の花』。
 もしクロイス家の人間がこのうちひとつを手にすれば世界の半分を支配でき、ふたつとも手に入れれば世界の全てを我がものにできると言われている。強大な魔力を手にするとともに、魔界の住人たちをも操ることができる。
 指輪を作った先祖は、それをはるか遠くの砂漠の真ん中に捨てた。
 そして長い時の流れの中で、その指輪の存在すら、過去の作り話として風化しようとしていた。
 それを、熱狂的な執着心で追求したのが、私のお父様、クローディア・クロイス。
 お父様は、ただの伝説だと言われていた二つの指輪の捜索に、国民たちの税金のほとんどをつぎ込んだ。当然国は荒れ果てていく。そのまま指輪が見つからずに終われば、お父様はただのバカな王様というだけで済んだかも知れない。
 でも、お父様は見つけてしまった。『天佑の翼』と『奇跡の花』を。
 これで世界はクロイス家のものになったかと思ったら、そうはいかない。お父様の計画をさえぎったのは、私のお母様、ジョアン王妃。お母様はお父様の計画を知って、信頼できる重臣たち数名に・・・その中にはバルトランさん、シェーラ、フリックさんの三人も含まれている・・・指輪の奪取を命じた。任務は、半分だけ完了する。どうにか『奇跡の花』を奪った時点で、お父様に気づかれてしまったから。お母様と重臣たちはすでにお父様の手先となっていた魔物たちから逃れ、各地に潜伏した。
 そしてバルトランさんたちは「ベナウル伝説」を手がかりに仲間を集め、アナフッド・フールア兄弟とリーアさんを味方につけた。
 それにしても、みんなの芝居。最大の敵がこのネアカ少年フールアだなんて・・・冗談なのか本気なのかわかんない。
「私にとって唯一の救いは、お母様がどこかで無事に生きているということ。そしてお父様だって・・・ちゃんと話し合って、目を覚まさせてあげれば、わかってくれる」
 私はみんなの顔を順に見つめた。あれほど憎たらしかったシェーラ・・・さん、の顔も、世界を救うためにずっと前から戦ってくれてたんだと思うと、全然ちがって見える。
「戦います、私。『奇跡の花』を、今だけ私にあずけてください。それとも、試練の旅の結果、私は指輪にふさわしくない?」
「とんでもございません、姫」すべてが明かされた今、バルトランさんの態度も変わった。「まさしくあなたこそ救いの光。『奇跡の花』の力で、世界をお救いください」
 むかしから姫だから、まあ慣れてるけど、なんか今さらあらたまれると・・・むずむずするなあ。
「ありがとう、バルトランさん。ちょっと、そのばかていねいな言葉使いはやめましょうね。みんな仲間なんだし」
 フールアが指輪『奇跡の花』を差し出した。
「あ。ごめんごめん、気がきかなくて。さ、兄さん、リナに指輪をつけてさしあげて」
 みるみる耳まで赤くなる。
「もう、ばかっ」
 私はフールアの手から指輪をひったくって、左手の中指にはめた。

 頭の中が、急に明るくなる。
 胸の中に、風が吹く。
 水のような透明な、でも強い力が、体中に満ちていった。
 これが、『奇跡の花』の力・・・
 クロイス家にだけ伝わる魔力・・・
 これが・・・・・・

つづく・・・

モドル