Message from heaven...?
『聖なる騎士』


 私は血相を変えてる勇樹さんをひと目見て、なにか勘違いしてることを察した。
「ち、ちがうの、勇樹さん。あたし別に死ぬつもりなんてない」
 屋上の隅で、フェンスにもたれ腕組みをして、私と勇樹さんにはまるで無関心に目を閉じている男がいる。
 もう、他人のフリして・・・。
「パラディン・・・さん、説明してあげてよ」
 男は苦笑した。この人の本当の名前を私は知らない。
けど、自分はいわばパラディンだ−−−みたいなことをメールで言ってた。
「パラディンさん、か。しかしこんな『力』を持った人間が身近にいるとは・・・
美由さんもその若さでずいぶんと面白い人生を送っていらっしゃる」
 言いながら、私たちの方へ歩いてくる。上から下まで黒い皮製の服。
ゴトリゴトリと重たそうなブーツ。銀色のネックレス、指輪。
「なんだ、このヘビメタ野郎は?」
 勇樹さんはそうつぶやいたけど、よく見るとヘビメタでもない。
中世の騎士物語の中から、抜け出てきたような雰囲気。
ベルトの背中側には、銃刀法スレスレくらいの長さの短刀が差してある。
「たいそうな『力』を持った人間よ、この一件には首を突っ込まないでいてもらおう。
当事者同士で話をつけたい。そうしないと・・・」
 パラディンさんは真っ黒な長い前髪をうっとおしそうにかきあげた。
「亜矢さんにとって不幸だ」
 私はハラハラしながら、パラディンさんと勇樹さんの顔を交互に見た。
 ちょっと、なに火花散らしてんの・・・
「あなたは何者だ?亜矢ちゃんにとって不幸だとはどういうことだ。
亜矢ちゃんはもう死んでいる」
 強い語調で勇樹さんは詰め寄った。
「なぜあらためて私にそのことを聞く?」
 パラディンさん、その冷たい態度やめて欲しい。
愛想笑いとか、ハジメマシテとか、握手とかくしゃみとかゲップとか、できないのかなあ。
「君はその『力』であらかたの事情を知ったはずだ。
それを美由さんに知らせるかどうか迷っているようだが、
心配はご無用。もう私が全て話した。おそらく君がつきとめた以上に詳しい事情をね」
「なんだと?」
 燃えてる。勇樹さんの瞳が燃えてます。もう、二人ともいい大人なんだから
もう少し冷静に話し合おうよ・・・と思いながら、私は二人の気迫に圧されて何も言えない。
「だからすでに君の出番は無い。私も今後は姿を消すつもりだ。
まあ君は何かと便利な『力』を持っているようだから、
陰で美由さんを見守っていてくれればいい。もっとも、
私がついている以上どっちにしろ君の出る幕は無いだろうが」
 勇樹さんが動いた!
「勝手なことを!」
 オレンジ色の光で、私は目がくらんでよろめいた。
 UFO?
 違う。これがさっきからパラディンさんの言ってる勇樹さんの『力』・・・だろうか。
 オレンジ色に光る光の輪がパラディンさんの足元から現れ、
光の輪は縮まってパラディンさんを捕らえようとした。
パラディンさんはわずかな差でジャンプし、光の輪をかわす。
輪はそのまま光の球に変化して、パラディンさんを追った。
 パラディンさんはもうひとつジャンプして着地とともに振り返り、背中の短刀を抜いた。
 キィィィィィィン!!
 耳をつんざく高音が響く。
 光の球は砕け散り、風とともにかき消えた。
 パラディンさんは静かに短刀を鞘に収める。
「ふん、なかなかやる」
 勇樹さんは笑顔を浮かべていた。
 これ男同士がケンカしてマブダチになるってやつかしら。
「そこまでそこまでそこまでそこまで」
 連呼して私はパラディンさんと勇樹さんの間に立った。
両手を広げて足を踏ん張って、大の字のかたち。向きはパラディンさんの方。
「パラディンさん、ここはひとまず退散してください。勇樹さんには私から話します。
ムダなケンカはしないで。当事者の私が一番たいへんだっていうのに」
 パラディンさんはしばらく思案していたけど、
やがて無言でうなずくと、指をパチリと鳴らした。
 フッ、とその姿は消えた。
 ハイもうそのくらいでは驚きません。瞬間移動ね。漫画でゴクウがやってた。
 けどひと安心して、大きく息をつく。
「ふー。勇樹さん、いつものとこにしましょ?」

 昨日の話。
 学校の帰り、私は優しく声をかけられた。
「美由さん、でしょう?」
 微笑。今日みたいに冷たくなかった。パラディンさんとの出会い。
「亜矢さんのことでお話したいことがあるのです」
 心臓がトリプルアクセルをキメた。
「亜矢のこと・・・なぜ知ってるの?」
「お家に戻ったら、すぐにメールチェックしてください。ここで立ち話というわけにはいかない」
「亜矢のこと知ってるのね?メールのことも!じゃ、じゃあ、近くに喫茶店があります、そこで」
 私は必死で、無意識のうちにパラディンさんの黒い皮のシャツの袖をつかんでいた。
「誰かに見られるとまずい。私はまるきり不審人物です。
あなたにも妙な噂が立つかも知れないでしょう、友だちに見られたりしたら」
 それもそうだ。
 パラディンさんはその時は何も語らず、去っていった。
 家に戻って、パソコンの起動時間ももどかしく、とにかくメールチェック。
 うちのメーラーはBecky。邪魔なダイレクトメールを受け取らないよう、
まずはリモートメールボックスをチェックする。
 タイトルなし、送信者名なしのメールが届いていた。
クリップと赤いボールの添付ファイルマーク・・・
「ポスペだわ!」
 要らないダイレクトメールを削除して、ポストペットを起動。メールチェック。
 ガチャン、とペットの部屋のドアが開いて、菊の花を持った黒いブタが入ってきた。
「ひぃっ!!」
 私は恐怖にのけぞりながらも、黒いブタを目で追った。
 黒いブタは菊の花を放り投げると、淡々とした足取りで帰路についた。
「あ、待って!」
 慌ててマウスを手にするが、もう遅い。黒ブタはお尻をふりふり部屋を出て、
バタン、とドアが閉まった。
 モモちゃんも呆然として我を失っている。

 メールを開いた。
「あなたの親友、亜矢さんにとってとても大切なことを書きます。
最後まで、読んでください。
霊界などというものは存在しません。しかし人には命があり、
生の世界と死の世界には多少のちがいがあります。
亜矢さんは亡くなり、肉体を失いました。
にも関わらずその魂は未だ死の世界にたどり着いていません。
生の世界には存在せず、死の世界にもたどり着かず 、
いわばその中間を亜矢さんの魂は浮遊しています。
その状態そのものは必ずしも苦痛ではありません。
ただ、長くこの状態が続くと、亜矢さんは死の世界にたどり着けず、
永久に生と死の間をさまようことになります。次の生を受けることができなくなるのです。
さきほどお会いしたこの私は、そのような魂を適正に処理するため、
生の世界に派遣されている者です。
その役目を果たすに足るだけの知恵、勇気、戦闘能力を備えております。
私たちのことを知るごくわずかな生の世界の人は、私たちのことを、パラディン、
などと呼んでいます。聖なる騎士とか、そういう意味のようです。
ただ今回は、それほど込み入った問題ではありません。
私の役目も、ことの現状を美由さんにお伝えするだけで終わりになります。

亜矢さんの魂が死の世界にたどり着けないのは、生の世界に強い未練があるからです。
修一くんという少年をご存知でしょう。修一くんと亜矢さんの関係も。
未練とは、ひとつは、修一くんに関することです。
もうひとつは、美由さん。あなたに関することです。
亜矢さんは修一くんが幸せになってくれることを望んでいます。
と同時に、美由さんにどうしても伝えたいと思っていることがあるらしいのです。
それは何か。ということまでは、私からはお伝えできません。
私が教えてしまった方が話は早いのですが、
それでは、亜矢さんは心から満足できないでしょう。
完全に、未練を断ち切ることはできないでしょう。

もうお気づきのとおり、鍵はメールです。
生の世界に未練を残している魂は、
生前強い思い入れを持っていた物質に大きな影響力を与える場合があります。
亜矢さんは生前よく通っていたネット喫茶のお気に入りの席のPCに働きかけ
(おそらく本人はそうとは意識していないでしょうが)、あなたにメールを送って来ています。
もうひとつ、影響されているのは二人で買ったハート型のチョーカー。
亜矢さんが生の世界に働きかけようとする時、
その力の波動を感じ取ってチョーカーは反応します。震えたり、光ったり。
さて亜矢さんと唯一メールで交信できるのは美由さんだけです。
あなたは亜矢さんとのメールのやり取りの中で、
亜矢さんの未練とは何なのか、亜矢さんが何を望んでいるのかを、
亜矢さん自身から聞き出してください。もっとも、言われなくてもそうするでしょう。
そして、可能な限りその望みをかなえてあげてください。

亜矢さんの望みが完全にかなえられるかどうかは問題ではありません。
亜矢さんを巡って、美由さんと修一くんがどう行動するのか。それを亜矢さんは見ています。
たとえ望みがかなわなくとも、亜矢さんを満足させることは可能です。

それでは、よろしくお願いします。」

私の話を聞いて、勇樹さんは眉をひそめた。
紅茶をひと口飲んでから、口を開く。
「たしかに、そいつのメールの内容と俺の調査結果は一致する。
木下通りの『シルバー』っていうネット喫茶からメールは送信されていた。ある検索サイトのWEBメールを使って。ただ、俺はそのことがわかった時点で、
メールは誰かのタチの悪いいたずらだと判断した。そのパラディンが言うこと、
本当だと言い切れるか?」
「私もそれを確かめたくて、届いたメールにそのまま返信してみたの。
送信者は不明のまま、おともだち帳にも載らないのに、メールはパラディンさんに届いて・・・
返事が来た。明日もう一度会おう、って」
「あいつの気配はまともな人間の気配じゃなかったなあ。
俺の攻撃を簡単に弾き返したところを見ても、尋常じゃない」
「でしょ?約束どおりパラディンさんは現れて、また消えた」
「とりあえずまだ確かめることはある。『シルバー』は24時間営業だ。
俺はこれから24時間、『シルバー』に張り付く。
亜矢ちゃんがいつも使っていた席はもちろんチェック済みだ。 いたずらなら、現場を押さえる」
「私は帰ってメールチェックしてみる。さっきチョーカーが光ってたから、
またメールが届いてるかも」
「こら!」
「え?」
「まだ午後の最後の授業には間に合うだろう。高校生が、堂々と抜け出して・・・
俺も共犯だから、大きなことは言えないけど。学校に戻りな」
「はーい」
 私は勇樹さんと別れ、親友たちがうまくフォローしてくれていることを祈りながら、
学校に戻った。

 教室に戻ったら、ホントに今日最後の授業。
 でも授業ではなく、お楽しみの席替え!
 いや、お楽しみなんて言っちゃいけない・・・
 亜矢のことがあって、机がひとつ余ってしまうのと、みんなの気分転換も兼ねて、
私のクラスだけ席替えすることになった。
 黒板に座席表が書かれ、各席に番号が振られる。席の決定はクジ引き。
自分が引いた紙切れに書いてある番号が、自分の席になる。
 さすがに席替えということで、亜矢に対する引け目のようなものも感じながら、
クラスのみんなはそれなりにはしゃいで、盛り上がっていた。
 久しぶりのみんなの笑顔。
 でもそんな興奮にも増して、私の心臓は高鳴っている。
 修一の近くがいい。修一の近くがいい。修一の・・・
 ドキドキしている私を、もう一人の私がたしなめる。
「なに考えてるの、修一は亜矢の彼氏じゃない。亜矢がもういないからって、
修一を奪っていいの?まさか、チャンス到来だなんて思ってるわけ?」
 ドキドキしながら、私は言い返す。
「そんなんじゃないわ、奪う気なんてない。でも、私はずっと前から修一のこと・・・
想ってたし、別に席が近くになりたいことくらい、願ってもいいはずよ」
「ふん、見え透いてんのよ。席が近くなったらどうしようっての?
仲良くおしゃべり。もう亜矢の影を気にすることもなく、
いえむしろ亜矢を失って傷心の修一を慰めるために笑顔を振りまいて・・・」
「ば、ばかっ、ちがうわよ、そんなこと!」
 教室の一番前でクジ引きを仕切っているクラス委員のキョトンとした目と視線が合う。
「長瀬、なにがちがうんだよ。おまえの番だろ」
 ハッ・・・。
「そうだよ、何ねぼけてんだよ」
 後ろからも突付かれて、私は真っ赤になりながらクジを引きに前へ出た。

モドル